私にとっては全てで、全ては私を構築する世界そのものだったのです。肉体や精神を維持するためのものではなく、影や輪郭、私という魂の存在を肯定するための。手の内にある希望が零れ落ちていくなか、理由も価値もこころもない抜け殻のような私を愛してくれたのはでした。しかし、それは、その愛は、私の唯一絶対の存在条件にいつしか移り変わっていました。の愛が私をこの世に人の形として留めてくれていた。でも、あなたは私に言いました。永遠と愛とはまるで煙のようだ、高く高く立ち上れば、誰の手にも届かない場所でひっそり姿を消してしまう、それはとても悲しいことなのだと。


あなたにあえて、__
ほんとうに、_
ほんとうに、



「後悔していますか、
「なんのこと?」
「再び目覚めてしまったことを」

 果ての見えない白い空間は、これから起こり得るであろう惨事と場に存在する二人の思惑など素知らぬと言わんばかりに混じり気が無く、清々しい。アンモナイトのような機体に身を潜める彼は、名をゾーンと言った。アーククレイドルで唯一の、オリジナルな存在である。は顔を上げる。彼の顔を覆う仮面の隙間から伺えるのは奥底知れぬ碧眼のみであり、その瞳と視線を交じらせるたびには彼を両手いっぱいのぬくもりで抱き締め、全てを込めた愛の接吻を降らせてやりたいと願うのだった。

「それはどういう意が孕んでるのかしら」

 唐突な問いかけであるとはゾーン自身自覚していたが、としても、まさかそのような言葉が投げかけられるなど思いもしなかったのだろう。それはの眼差しの移動が物語っている。今の今までの瞳を独占していたのは、モニターに映るシグナーとアンチノミーの戦いである。映像から一寸たりとも逸らされることのなかった眼差しが、ゾーンの問いかけにより動いたのであれば、それは未来の行く末を左右する戦いよりも重要であるということを意味しているのだろう。

のままで……思い出として在るべきだったのではないか、それもあなた自身はそう望んだのではないかと……、ずっと、考えていました」
「わたしの目覚めはゾーンにとっての幸せじゃなかったってこと?」
「そうではありません。ですが……見方を変えれば、そう、なるのでしょうね」

 感情、思考、肉体を生前に似せた、模造の存在。それはアポリア、パラドックス、アンチノミーと同じであり、は彼らの中で一番最初に創られたコピーである。ゾーンらと世界と人類の存続を描いているなか、早々に命を落としたのはだった。静かな深き眠りについた――はずだった。

「そう……。のコピーじゃ、あなたを幸せになんかできないのね」
「あなたは後悔しているのですか。二度目の生は幸せなのですか」
「あなたこそどうなの、ゾーン。わたしを創って後悔した? それとも今現在も後悔してる?」
「質問しているのは私です」
「その質問に答えるために尋ねてるのよ」
「……どうにも会話がかみ合いませんね」
「同感」

 は視線をモニターに戻すと、口を堅く噤んでしまった。彼女の瞳に映るのは、アンチノミーの姿、生死をかけた戦況は一進一退を繰り返していた。言葉を一言も発さなくなったではあるが、それは戦いに夢中になっていると言うよりも、どこか彼方へ意識が飛んでいるように見えた。言葉探しの旅にでも出てしまったのだろうか。己の存在について、作り手であるにもかかわらず、消極的であろうゾーンにぶつける、渾身の一撃の言葉を見付けるために。



 返事は、ない。ゾーンは瞼を閉じる。そして自問する。後悔しているのだろうか、私は。
 不動遊星として生きることを決めたあの日あの時、その瞬間も、その前も、その後も、ずっと支えてきてくれたのはだった。救えなかった沢山の命を嘆いた時も、世界の再生を願ったときも、過去を変えていく決意を決めた時も、側にいてくれたのはだった。絶望に埋もれそうになったとき、その暖かい腕で、瞳で、愛で抱き締めてくれた、それはゾーンの手の内にある、希望のひとつだった。
 だがその希望は早々に失われた。あの過酷な世界は、が生きていくには荷が重すぎたのだ。
――――初めから永遠なんて、存在してなかったのね
 は延命装置の使用を望まなかった。一分一秒でも長くこの世に止まっていて欲しい、それはゾーンの本音であったが、の望みを尊重せねばあるまいと、泣く泣く使用を諦めた。
――――また会いましょう、ゾーン
 死を受け入れる間際、最愛の女はそう告げた。また、来世で。平和な世界で会いましょうと。
 ゾーンは悲しみに暮れた。この悲哀はどうすれば薄れるのだろうか。彼はふとしたとき思いついてしまった。をもう一度蘇らせることを。模造でもいい。虚像でもいい。どんな形だっていい。が、あの声が、姿が、笑顔が、愛が、隣にあればそれだけでいいと。
 このような再会を、はたしては望んだのだろうか。後悔など今更過ぎると責められても何も言えまいが、今思えば、永遠の途切れたが望んだのは安らかな眠りだったのである。自分の勝手で強要してしまった生を、私を、一見は受け入れたように見えても実際は恨んでいるのではないだろうか……。

「さよならは言わなかったじゃない」

 モニターを通じて伝わるDホイールのエンジン音が途切れた。ゾーンが瞼を開けば、はモニターを閉じていた。の眼差しは真っ直ぐにゾーンを捉え、それは優しく、それでいて子を叱るような厳しさを纏っている。

「でも、また会おうねって言ったよね、わたし」
「あなたはこのような再会を望んだのですか」
「それは””の話よ、わたしはわたし」
「あなたはです。他の誰でもありません」
「そうね、わたしは。他の誰でもない。でも所詮はコピーよ。模造品なのよ」

 はゾーンの機体に触れた。そのまま手のひらを滑らせ、撫でるようにすると、何も言わずにそっと抱きつく。彼の脈動が伝わらない機体の壁に、忌々しげに爪を立てて、唇を尖らせながら呟いた。

「””は怒ってる。言葉にしないと伝わらないの? って」


別に言葉だけが気持ちを伝える手段ではないよね。生物と生物がその場にいれば、目でも仕草でも心でもってでも、自分の感情を伝えることは出来るのよ。

「わたしはあなたに会えて幸せだよ、ゾーン」


オリジナルの感情は、そう思ってるの。嘘なんかじゃない。この感情だけは模造じゃないのよ。この真っ白な空間にあるのは、あなたとわたし、わたしとあなた。ねえゾーン、気付いてよ。ほんとうのわたしはここにいるの。わたしの声、届いてる? 後悔も哀しみもないわたしの愛はいらない? あなた、どうすれば幸せになれるの?