「なー、お前なんか太った?」

「え」

 デリカシーのかけらもない一言を突き立てられたのは、暑い暑い夏の日の事だった。地方任務で悟と一緒に赴いたとあるベッドタウンは盆地ということもあって風の通りも無く、立って居るだけで汗がだらだらと流れるような場所で、私たちはうだるような暑さに耐えかねて、途中で見つけたコンビニに逃げるように駆け込んだ。悟はハーゲンダッツを、私は雪見だいふくを買って、駐車場で黙々とそれを食べていた時に、そんな言葉が飛んできた。

「いや、いやいやいや、太ったとか、絶対ない。そもそも毎日鍛えてるのに太るわけないでしょ」

「そーか? 見るからに二の腕とか…」

「筋肉。それ筋肉だから」

「へぇ、女の筋肉ってこんなにぷにっぷになんだ、知らなかったわ」

 苦しい言い訳を述べる私の二の腕を、悟はスプーンを口に咥えたまま摘んでくる。おいやめろ。悟の手を振り払って半歩横に距離を取ったら、ニヤけ面の悟が「一丁前にそういうの気にするんだ?」とからかってきた。当たり前じゃん。こちとら思春期の女の子なんですけど。いや、でもそんなまさか、任務と特訓に明け暮れる日々の中で、どこに太る要素が…、ある。

 思い当たる節は、ある。悟と付き合い出してから、デートと言えばは大概甘いもの食べ歩きツアーだし、悟との共同任務の日なんかは帰りにラーメンを食べてその後必ず食後のデザートも食べる。なんなら今食べてるアイスだって悟が「アイス食おうぜ」って言い出したからだ。甘党五条の食欲が赴くまま、それに付き合っていれば自然と、カロリーの摂取量が日々の鍛錬での消費量より上回っていてもおかしくはない。

「で、体重今何キロなの?」

「……知らない、最近測ってないし」

「つまり言えないくらいって事ね、ナルホド」

 悟はそう言うと、私の手からピンク色のフォークを奪い取った。そして、まるまると残っていたもう一つの雪見だいふくにそれを突き刺すと、私が制止する間もなく、大きな口を開けて、雪見だいふくを口の中へ放り込んでしまったではないか。

「あーっ! ちょっと、それ、私の雪見だいふく!」

「ダイエットに協力してあげてんだよ。俺の優しさ分かんない?」

「悟が食べたかっただけでしょ?! それに私ダイエットするなんて一言も言ってないから!」

「はぁ? しろよ、ダイエット。デブの彼女とか嫌なんだけど」

「デ、デブ…?! ちょい待てや、確かに最近肉付きは良くなったかもだけどね、デブってほどじゃ…」

「ふーん。じゃ、後で隅々まで確認してやるよ」

 確認、とは。体重計に乗せられて数値の羞恥プレイをさせられるか、もしくは服の上からのボディタッチの類かと思っていたが、違った。悟の言う”確認”は、性的な接触という意味だったようで、それはその日泊まったビジネスホテルのベッドの上で行われた。

 私の体を押し倒す悟を「やだ、やめて、恥ずかしいんだけど!」と言って撥ね退けようとしても、「なに今更恥ずかしがってんだよ、初めてヤるわけじゃあるまいし」と組み敷かれ、抗うこともできず。そして、あれよと言う間に服を脱がされて、言葉の通り“確認”された。悟が満足するまで、何度も何度も。

「っはー、あちー。この部屋クーラーの効き悪すぎじゃね?」

 事を終えて汗だくになった悟が枕元の空調を乱暴に押しながら悪態をつく。私は平気だし寧ろ寒いくらいなんだけど、男と女じゃ運動量が違うからしょうがない。真っ白なシーツに包まりながら床に散らばった衣服を拾い上げて、こっそり身に纏おうとしたけれど、悟がシーツを勢いよくひっぺがしたおかげでそれは叶わなかった。

「ちょっと、なにすんの」

「やっぱ太ったって、お前」

「んなっ……!?」

 悟が鼻で笑いながら、むにむに、と私のお腹の肉を揉む。揉みながら摘んでくる。やめろ。悟の手を振り払って、枕を悟目掛けて振りかぶるも、無限を発動されてしまい(こういうとこで術式使うのほんとずるいと思う)、抵抗は虚しくもぽすんと情けない音を立てただけに終わった。

「事実を述べたまでだろ、キレてんじゃねーよ」

「あのね、デリカシーって言葉知ってる?」

「知らなーい。なにそれ、食べ物の名前? ま、俺ぽっちゃりって好みじゃねぇし。ぷよぷよ体型とか見てて暑苦しいから痩せろよな」

 シャワー浴びてくるわ、そう言って悟は裸のままペタペタと足音を鳴らしながらバスルームへと姿を消した。いやここ私の部屋な、自分の部屋戻れや。とは思ったけど、それ以上に悟から放たれた言葉がショックだった。かなりショックだった。太った、のか、私。悟の目から見ても明らかなほど。二の腕を摘む。お腹を揉む。太腿を掴む。確かに前よりぷにっぷにしてるかも……。

 でも、暑苦しいから痩せろだなんて、言ってくれるよなぁ、ほんと。仮にも彼女なのに。私がその言葉に傷付いて、ムカつくーとか、別れたいーとか言う可能性、考えてないんだろうか。いや、私が悟に告白して、「いいよ」とだけ言われて付き合いだしたんだから、悟からしたら別れようなんて脅し文句、言われたところで「あっそ」で終わるんだろうな。弱いよな、こういう時の私の立場。でも、このままブクブク太って悟好みの女でなくなってしまえば「別れよう」って言われるのは私の方だ。

 ……するしかないのか、ダイエット。



***




 決断は早かった。惚れた弱みと言うヤツだろう、漫画とかドラマとか映画だとかで、男に「ああしろこうしろ」って指図されてその通りに動く女性を見る度に、「へいへい、ご苦労様」と辟易していた私が、悟の「暑苦しいから痩せろ」の一言で動かされてしまった。

 食事制限、筋トレ、サプリ、ストレッチ、マッサージ、エステ、調べ尽くして、なんでも試した。でも、一番効いたのは二十代に突入した事だった。歳を取ると太りにくくなって自然と痩せる、なんて話は小耳に挟んではいたが、本当だった。仕事も忙しかったし。おかげで悟からデブ指摘を受けた高専時代から十キロ以上痩せる事ができて、着る服にも困らなくなった。むしろSサイズでも大きいなと感じるほどだ。今じゃ悟に場所を選ばず服をひん剥かれても動じないし、むしろどうぞどうぞこのナイスなバディーを見てくださいなと思えるまで。普段着で脚を出すのも抵抗なし。生足魅惑のマーメイドです。歳? 気にしたら負け。

 ある意味悟には感謝しないといけないのかもしれない。プロポーションに自信が持てるようになったきっかけをくれたのは悟だ。悟の一言があったから自信がつくまで痩せることができたのだ。

 これでいい。これでよかった。はずなんだけど。

「前から思ってたんだけどさ、お前、食べなさすぎじゃない?」

 付き合いだして十年目。何度目かも分からないデートの日。なんだかんだお互い忙しくて久しぶりに顔を合わせた今日。映画を観に行った帰りに寄ったイタリアンで、そんな事を言われた。悟がカルボナーラを大盛りで頼んだのに対し、私はペスカトーレを気持ち少なめでと店員さんに頼み、セットのサラダは平らげたけどデザートだけは悟とシェアして食べていた。だからだろうか。それでも、注文の仕方もデザートのシェアも、これが初めてじゃない。十年前、高専の時の悟は、デブ指摘のあと、私のこの行いに「いい心がけじゃん」って褒めてくれたのに。

「食べたら食べたぶんだけ太っちゃうし、気を付けてるだけだよ」

「別に太ってなくない? むしろ痩せすぎなくらいでしょ」

「えぇ、そうかなぁ。ベスト体型だと思ってるけど」

「どこが。腕も脚もガリガリじゃん。ほぼ骨じゃん。あばら浮いてるしさ。ちゃんとメシ食えよ。そんな少食じゃ呪術師やってらんなくない? いつか倒れるよ? それに、僕としてはもっと肉付き良くなってくれた方がいいなって思ってるし」

「…………、はぁ〜〜?!」

 思わず店内に響き渡るほどの声が出てしまった。しー、と悟が窘めてきたので、口元を押さえる。

「なにその反応。僕、なんか変なこと言った?」

「いや、いやいやいや、言ってる、言ってますがな」

「え。なにを? 具体的に教えてくれる?」

「十年前は私に痩せろって、ぼっちゃりは好みじゃねぇって。暑苦しいから痩せろって言うから頑張ってここまで体重落としたんだよ?!」

「……そうなの?」

「そうだよ! 食生活気をつけてる理由だって、悟が昔、私にデブって言ったからだし!」

「マジ? 僕そんな酷いこと言ったっけ?」

「言いました〜!」

「えー、覚えてないなぁ」

 ふざけて言っているだけだと思いたかったが、悟が浮かべたきょとんとした表情は、彼が冗談などではなく、本気で言っているという事を物語っていた。至って真面目な声で「覚えてない」と言ってのける悟に、全身から力が抜ける感覚を覚えた。脱力。今までの苦労とは。食べたいお菓子もご飯も我慢してきた意味とは。毎晩欠かさなかったストレッチもマッサージも、うん百万単位でお金をかけた痩身エステも、全部悟のためだったのに。昔はぽっちゃりは好みじゃないと言っておいて、今になって肉付き良くしろって、ああもう。

「おーい、なに打ち拉がれちゃってんの」

「……悟のせいです」

「僕ぅ? つーか、普通いちいち覚えてなくない? 十年前のことなんて」

 女性って昔のこと引っ張り出してくるって言うけど、あれ、本当なんだねと言って、悟は呆れたように笑った。つられて私も笑うしかなかった。私の口から溢れたのは、アハハ…、みたいな乾いた笑いだけど。

「ねー、さとるー」

「ん、なに」

「このあとタピオカ飲みに行かない? ついでにパンケーキも食べたいしスイパラにも行きたい。前に食べ逃した移動販売のクレープも食べたい。あと、サーティーワンのアイスはトリプルで食べる。絶対三段にしてコーンも付けてもらうんだから」

「お、珍しい。そんなに食えるか知らないけど、いいよ。行こっか」

 珍しいんじゃなくて、我慢してただけだっつーの。悟のバカ。



***




 長年小食生活を送っていた弊害か、急遽行われることになったスイーツモリモリ食べ歩きツアーデートは、胃袋のキャパ的な問題で二軒目のパンケーキ屋で打ち止めになってしまった。胃袋はぱんぱんで今にもはち切れそうで、流石にこれ以上は食べれそうにない、そんな状態。反対に悟はまだまだスイーツを食べたりないようで、スイパラにだけは行きたいんだけど、とせがまれた。ので、私は渋々悟の後を付いて歩き、店内へと入った。

 お皿にスイーツを山ほど乗せた悟がウキウキと席に戻ってくる。ウヘェ、と私は顔をしかめるしかできなかった。

「お前、ほんとに食べないの? さっきまであんなに意気込んでたくせに」

「パスタにタピオカにパンケーキでもうお腹いっぱいだよ。ギブアップです」

「あっそう。じゃ、僕は制限時間まで食べ尽くすから。ゆっくりお茶でも飲んでてよ」

 そんな会話の最中でも悟はひょいひょいぱくぱくとスイーツの山をあっという間に平らげていく。見てるだけで胸焼けしてきた。頬杖をつきながら、はぁ、と深いため息をこぼせば、不思議そうな面持ちを浮かべた悟が小首をかしげてみせた。

「ため息つくと幸せ逃げるよ」

「うるさい。元はと言えば悟のせいなんだからね」

「それ、さっきの話? 覚えてもいない昔のこと引っ張り出されてもなぁ」

「覚えてないってのがもうほんとにショックなんだってば。今はそうでもないけど、付き合いたての頃の悟ってなんか言葉とか色々刺々しかったし。それも覚えてない?」

「あ〜、あの頃はねぇ〜。覚えてなくはないけど、若気の至りっていうか、単に尖ってただけだよ。もしかして傷ついてた?」

「そうね、割と」

「マジかー、ごめんごめん」

 頬袋にたくさんスイーツを詰め込みながら言われてもなぁ。誠意というか、本当に悪いって思ってんのかなって勘ぐっちゃうよね。

「しっかしまぁ、意外と可愛いとこあんだね、お前」

「可愛い?」

「だって、昔僕が痩せろって言ったから? なんでしょ、そんなガリガリになるまで痩せたのって。なんつーか、健気だよね。悪く言えば馬鹿正直だけど。僕が痩せろって言ったらその通りにしちゃうなんてさぁ。ちょっと極端過ぎる気はするけど、うん。やっぱそうでなくちゃ」

「……何が?」

 一人で何かを納得したかのように頷く悟を訝しんだ目で見ていると、悟は上着のポケットから小さな赤い箱を取り出し、私の前にそれを置いた。視線を落とす。高級感溢れるその赤い箱は、大きさからして“アレ”しかない。“アレ”以外考えられない。目を見開いて、箱と悟を交互に見遣ると、悟が自身たっぷりに「開けてみてよ」と言う。余りにも唐突すぎて、「え、今?」と尋ねると「今」と悟が唇を尖らせた。多分、悟と私の“今”の意味は違うと思うけど。私は言われた通り赤い箱を手にとって、恐る恐る開けた。

 中には、華奢なダイヤがあしらわれた指輪。蓋の内側に印字された金色の文字に、白目を剥きかけた。

「……かっ、カルティエ…?!」

「ティファニーとかの方が良かった?」

「いやいや…、滅相もない…」

「お気に召してもらえたらいいけど。ちゃんとしたのは今度二人で選びに行こうね。さてと、おかわりしてこよーっと」

 口をあんぐりと開けたままの私を意に介すこともなく、悟は颯爽と席を立って、本当にスイーツのおかわりを取りに行ってしまった。状況にも置いてきぼりを食らった私は目をぱちくりとさせることしかできなくて、悟がまたスイーツをたんまりお皿に乗せて戻ってくるまで、その場で硬直状態を取らざるを得なかった。

「何固まってんの。もしかしてシンプルなやつよりゴッテゴテのやつの方が好みだった?」

「違う、そうじゃなくって…」

「サイズ合うかな? 一応ちゃんと事前にリサーチはしておいたんだけどさ。あ、こういうのってサイズ合わなかったらお直ししてもらえるんだっけか」

「悟、待って、待って。一人で話を進めないで」

「あ?」

「これ、前倒しの誕生日プレゼント? それとも季節外れのクリスマス? 忘れられてたホワイトデーのお返し?」

「んなわけあるか。そのまんまの意味に決まってんでしょ」

「じゃあちゃんと言ってよ、言葉にしてくれなきゃわかんないよ」

「え〜〜、今?」

「今」

 悟はフォークをテーブルの上に置いて、オレンジジュースが入ったグラスを手に取ると、ストローを咥えながら「エンゲージリングだよ、それ」と言った。

「結婚、ってこと…?」

「それ以外なくない?」

「私でいいの」

「嫌だったら十年も付き合ったりしないでしょ」

「今の私、ガリガリで、悟好みの女じゃないのに?」

「そうは言ってなくない? もう少し健康的な肉を付けた方がいいんじゃないってアドバイスだよ、あれは。で、するの、しないの、結婚」

「…………する」

「そ。よかった」

 悟は私の手の内からカルティエの箱を奪うと、クッションに収まっていた指輪を抜き取った。そして、私の左手を取り、薬指に指輪を通す。まるで王子様のような、優しい手付きで。ダイヤの指輪は途中でつっかえることもなく、すんなりと通った。

「んー、やっぱちょっと大きかったかな」

「お直ししてもらう?」

「いや、お前がちょっと肉つければいいんじゃない。それでピッタリでしょ」

「そうだけど……」

「太れよ。この際はっきり言わせてもらうけど、その痩せ方病気だからな。食った後隠れて吐いたりとかはしてないんだよね?」

「そんなことしてないよ」

「じゃあ簡単な話じゃん。ちゃんとメシ食え、メシ。そんなひ弱な体じゃ、いざ子供ができましたって時に負担かかるでしょ」

「太れって、ああ、そういうことね…」

 まさか悟が結婚どころか子供のことまで考えていたとは。付き合って十年、今までそんなそぶりも見せたことなかったのに。てか今更だけど、これってプロポーズ、だよね。悟はいつも通り飄々と振る舞ってるけど(緊張してるようにも見えないし)、プロポーズされたんだ、私。

「まさかスイパラでプロポーズされるとは…」

「ダメだった?」

「ダメじゃないけど…、もうちょっと場所とかタイミングとかあるじゃん」

「えー、僕としては、今だなって思ったんだけどな」

「そうなの?」

「そうだよ」

 何をどう思ってこのタイミングでプロポーズに踏み切ったのか私にはわからないけど、悟って自由奔放だもんな。そう思えば諦めもつくし、むしろプロポーズしてもらえただけありがたいのかもしれない。

 お店を出たあとは、嵌めてもらった指輪が抜け落ちたりしないよう、指と指を絡めながら手を繋いで歩いた。指輪がピッタリになったら籍入れようね、と悟は言った。ノルマは3kgらしい。そのくらい肉を付ければ、ある程度は健康的に見えるし、指輪もかぱかぱしなくて済むでしょ、と。

「ねぇ、悟。本当に私でいいの?」

 しつこいと思われかねないけど、確認せずにはいられなかった。高級レストランでとか、夜景の見えるところで、とかならまだ、プロポーズされたんだとか、婚約したんだとか実感が湧くんだけど、スイパラだもん。半信半疑な面持ちを浮かべる私に、悟は顔を向けると、ふ、と優しい笑みをこぼして見せた。

「さっきも言ったけど、十年も付き合ってんだよ、僕たち。お前がイイ、お前以外考えてない、お前じゃなきゃ嫌だってくらいは思ってるから、安心してよ」



***




 それから悟と再び相見えることができたのは一ヶ月後のことだった。互いに高専所属と言えど、悟が忙しすぎる身なせいでタイミングが合わなかったりするのだ。私もあれから長らく地方への出張任務ばかりだったし。

 任務の報告書を伊地知に手渡して、今日の夜は何を食べようかスマホで食べログを見ながら廊下を歩いていると、突然後ろから抱き締められた。耳元で「歩きスマホ撲滅運動〜」と、間抜けな声がする。悟だ。

「うわっ、びっくりした。ちょっと、悟、ここ高専」

「いいじゃん別に。みんな知ってるし婚約もしてんだから」

 そういう問題じゃねーよ、と振り払おうとするも、悟の拘束は強い。なんならその手で私のお腹をむにむにと掴んでくる。

「お、いいね。ちょっとは太れた感じ?」

「硝子には頰が少しふっくらしたとは言われたけど…」

「へぇ。じゃあ後で確認しよっと」

 なんか聞き覚えのあるフレーズだな、と思った。ああ、そうだ。十年前の夏に言われた台詞だ。悟が「ラーメン食べに行かない?」と言うので、悟の仕事が終わるまで待った。連れて行かれたのは家系ラーメンだった。そしてそのまま、その流れで悟の家に寄り、玄関先で荒々しいキスをしたのち、ベッドに投げ飛ばされて、服をひん剥かれて、目と手と口で身体中を隅々“確認”された。悟曰く、「前よりか抱いてて気持ちいい」らしい。

「っはー、あちー。いい汗かいた。シャワーどうする? お前先に浴びる?」

「悟の後でいいよ」

「はいよ」

 悟が全裸のままペタペタと足音を鳴らしながらバスルームへと向かう。が、「あ、そうだ」と何かを思い出したのか、くるりとこちらに向き直ると、私を指差した。

「僕の名誉のために一応言っておくけど、お前のことデブなんて一言も言ってないから。デブの彼女は嫌ってだけで、ガリガリまで痩せろって意味じゃないよ」

 なんの話だ、と思ったが、瞬時に一ヶ月前のデートのことを思い出した。あ、そうなの、と受け流そうとしたけれど、なんか引っかかる。待て。悟、あの時確か、覚えてないって……。

「なっ、……覚えてんじゃん!」

「ちげーよ。思い出しただけだし〜」

 かぁっ、と顔が熱くなった。悟目掛けて枕を投げたが、悟の術式が枕との衝突を阻む(ほんっとずるい! チートだろ無限!)。悟は宙に浮いた枕を掴むと、それを私に投げ返した。ぼすん、と枕が私の顔に当たる。

「そういや、指輪はめてないってことはまだ太り足りてないってことだよね。あとでアイス食べよ。冷蔵庫にハーゲンダッツ入ってるから。あ、お前は特別に二個食っていいよ」

「……はいはい」



***




 悟がくれたエンゲージリングが薬指にぴったりはまるようになった頃に、私たちは籍を入れた。そして籍を入れて一年後に、せっかくだからと結婚式を挙げることになった。式のあれこれを決めるため、プランナーさんを交え、どのウェディングドレスを着るか迷っていたら、悟が「これ、いいんじゃない?」と一枚のドレスを指差した。ご試着してみましょうか、と言われ、流されるまま悟指定のドレスを身にまとう。

「どう?」

「うーん」

 悟は顎に指を添えて、どこか納得のいかない表情を浮かべていた。綺麗とか可愛いとか似合ってるとか言って欲しいのに、悟の口から飛び出したのは「なんかこう…、二の腕がむっちりしすぎてるような…」だった。慌ててプランナーさんが「そんなことは…」だとか「二の腕をカバーするデザインのものもご用意してますよ」とフォローしてくれたが、悟は「いいや」とかぶりを振る。

「僕はそれがいいんだよ。よし、お前今日からダイエットな」

「…………、はっはっは」

 乾いた笑いと共に、拳を握る。どうせ惚けられると分かっていても、叫ばずにはいられなかった。

「お前が太れって言ったんだろがーい!」