Bruno short story 01-05





























01.未来戦線


 私たちが紡ぐ未来の行く末は、アーククレイドルに続く虹の架け橋を見つめるブルーノの横顔が物語っていた。

 全てをぶつけろ。未来をかけて。

 彼に起こりうる事象をすべて受け入れると決めていた私が今更、彼の決意を無下にすることなどできるはずが無かった。

「私は信じてるよ、遊星を、みんなを、未来を救ってくれるって」

 残酷なほどまばゆい光を放つ虹の架け橋は世界の希望だ。未来をかけた戦いは、この世界の命運を決めることになるだろう。

「みんなは知らないもんね、ブルーノのこと。きっと驚くと思なぁ、あのアクセルシンクロを教えたのがブルーノだったなんて」

 そう、彼は私たちを助けたのだ。そしてこれからも、助けに行くだけ。たったそれだけなのに、どうしてだろう、胸騒ぎがずっと治らないのは。硬く強く繋いだ手を離してしまえば、私はもう二度とブルーノには会えない気がするのだ。

「ねえ、僕に会えなくなっても、平気?」

 彼のその言葉に私は黙って頷くしかなかった。困らせたくなかった。震える手を彼は更に強く握ってくれる。伝わる熱が、トゲのように刺さって、私の脈動を侵食する。心臓がちくりと痛んだ。

「もう行かなきゃ」

 ゆるやかに離れる熱が、私の手を覆うように嫌に纏わりついた。これは呪いだ。ああ、私はきっとこの先も、この確かに存在していた熱に、呪われていくのだろう。

 ブルーノのいない世界なんて、滅んでしまえばいいんだ。























02.キスをしよう


 私の肩に添えられた手は震えていた。そのわずかな振動が、私の肌を通じて知らせてくる。ブルーノは極度の緊張状態にあるのだと。

「い、いいの?ほんとに?」

 一体何回目の問いかけだろう。私は下唇を噛んで、上目づかいで頷き、ブルーノの喉仏が波を打つのを見遣る。ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。そうしてから彼はまた、手を震わせながら問いかけてくる。ほんとに?いいの?と。先ほどから何度も何度も頷く羽目になっているというのに、彼はその事に気づくことはない。きっと、頭の中がキスのことでいっぱいいっぱいだからだろう。

「ブルーノ、緊張してる?」

「そ、そそ、そんなことないよ!」

 ぶんぶんと左右に激しく頭を振って否定するものだから、思わず私はふふ、と笑ってしまった。私が笑ったのを見て、ブルーノは顔を更に紅潮させる。

「でも、こんなこと、初めてで…」

「私だってそうだよ」

 ブルーノの右手をとって、やんわりと包み込む。大丈夫だよ。あやすように手を撫でてやると、彼は意を決したのか、目を閉じて顔を近づけてきた。

 距離が詰まる。やがて訪れるであろう柔らかな感触に胸を躍らせる。私は目を閉じて、襲い来る幸福感に身を委ねた。






















03.crazy for you


 ここまで来るのに随分時間がかかったけれど、女の子を、好きな子を抱くっていうのはとても勇気が要ることなんだね。好きだから、好きすぎてどうしようもなかったから、欲望が湧いても、壊してしまうんじゃないかって思って、恐ろしくてなかなか踏み出せなかったけど。

 は知らないだろうけど、僕は君のことを何度も頭の中で抱いていたんだよ。一通りの流れをイメージしては、ああでもない、こうでもないって、行き場のない熱を一人で発散したりしてさ。

 でも、現実ってのは上手くいかないものだね。僕はあんなにネットで調べて勉強して頭の中で何度もシミュレーションをしてはリハーサルを重ねてきたってのに、実際に事を致そうとすれば、手は震えるし、力が籠って君に痛い思いをさせたし、気のきいた言葉は一つも出てきやしなかった。かっこ悪かっただろうなあ、僕。

 それでも君は、頭の中が真っ白になって微動だにしなくなった僕を優しく導いてくれた。嬉しかったなあ。不甲斐なくてごめん、そう言うと、眉尻を下げて「そんなことないよ」って笑ってくれた。その言葉に僕はとっても安心したんだ。

 僕の腕の中ですやすやと眠る君の顔を見ていると、こんなに幸せでいいのかなって怖くなるくらい、安らいだ気持ちになる。僕はずっと気持ちが昂ったままで寝付けやしないってのに、反対に君はとても気持ち良さそうに寝てる。でも、こうやって君の寝顔を至近距離で見れることなんて滅多にないんだから、堪能しておくべきなんだろうね。せっかくだし寝顔の写真を撮りたいけど、怒るかな?



 ずっとこのまま、こうしていられたらどんなに幸せなんだろうか。僕は、君の笑った顔も怒った顔も悲しんでる顔も喜んでる顔も全てが宝物なんだ。君の全てを曝け出させて、全てが手に入ったんだって思うと、優越感すら感じるくらいに。

「好きだよ、大好きだ」

 うん、とが腕の中で頷いた気がした。不器用で、どうしようもない僕だけど、最後まで側にいてね。






















04.せつなくてごめんね


 まるで晴天の霹靂と言うべきか。大地は唸り、風がごうごうと吹き荒れ、稲妻が体中を走るような衝撃だった。体中の毛が逆立って、五感は麻痺する。その瞬間は何が起こったのか理解するのに少々の時間を要した。少しだけ頭を捻って考えて、分かった。

 ”恋に落ちる”とは、こういうことか。

 これが私にとっての、生まれて初めての恋だった。相手の名を、ブルーノと言う。



 恋は探究心から始まる。と、私は思っている。初めは、記憶喪失以前の彼があまりにも謎だらけだったから、まあ、それから始まる興味だったとは思うが、さてはてその興味がいつ頃から恋心に変化したのだろう。私はいつも昼過ぎになると決まって同じようなことを考えた。私がブルーノを異性として意識し始めたのはいつ頃の話だっただろう?

 ただそれは特に答えも意味も無いものだった。彼を好きだという事実さえあれば、時期など関係ないのでは、という考えに最終的に至るからだ。じゃあ最初から考えなければいいのにとも思うが、恋をすると周りも自分も見えなくなってしまうものだ。恋とはなんとも罪深いものである。

 今までの人生では感じることのなかった、心臓を鷲掴みされたかのような苦しさや、淹れたてのホットココアのような暖かさを言葉にしたかった。だから伝えた。あなたのことが好き、と。例え彼の口から「ごめん」と言われてしまうとしても。



「理由を知りたい?」

 そう問いかけると、ブルーノは困ったように顔を顰めたが、私は構わず続けた。

「言葉にするのはとても難しいんだけど…、そう、あなたはとても…」
 私は人差し指を口唇に当てて、目を伏せた。2、3秒ほど言葉を探す。呼吸を整える。「今にも消えてしまいそう、だから」

 ブルーノは自虐気味に笑った。

「そんなに僕が好き?」

 私は黙って頷いた。

「変かな」

「変わっているとは思うよ。どうして、僕なんかを」

「どうしてだろね。でも、好きなの。自分じゃ抑えきれないくらい」

 ブルーノと恋人同士になれたらどんなに素晴らしだろうと私はいつも考えた。私の体温と彼の体温を肌で混ぜあい、お互いの温もりを感じてみたりしたかった。もしできることなら、彼と結婚して、生活を共にしたいとさえ思った。しかしその一方で、ブルーノが私に対して恋愛感情なり性的関心を抱いていないことはまず間違いないことだった。

「僕には君を泣かせることしかできないよ」

「いいの。分かってるもの。初恋は実らないって言うじゃない」

 念を押すように私は言葉を続けた。しょうがないじゃない、まるで自分に言い聞かせているような気分だった。言葉を連ねるたびに惨めになっていく。

 ブルーノが女性として私のことをほとんど(あるいはまったく)関心を抱いていないという事実を受け入れるのは容易なことじゃない。ブルーノを前にしていると鋭い刃物で身を抉られるような切実な痛みすら感じるのだ。

「ごめんね」

 懺悔か、贖罪か。彼の「ごめんね」には一体どんな意が孕んでいるのか、私には到底理解できない。どうして私は、彼を困らせることしかできないのだろう。

 稲妻が落ちる。嵐が舞う。大地が揺らぐ。どんなに強く願っても、彼が私を抱きしめてくれることはないのだ。






















05.愛せなくてごめんね


「ブルーノが好き。世界で一番好き」

 そう言われて、たじろがずにはいられなかった。自分の使命も行く末もなにも知らなければ「僕もだよ」といってあげられたのに。取り戻した記憶が、例え断片的だったとしても、脳に語りかけてくる。受け入れるべきではない、と。

 生まれて初めての恋だった。広大な砂漠に潤いをもたらす雨のような、形あるものすべてに降り注ぎたくなるほど慈悲深い愛だった。愛おしくてたまらない。どうしようもないくらいに。

 それと同時に、”恋に落ちる”ことがどんなに苦しいのかを思い知らされた。

 脳天を突き刺す痛みが付きまとう。よりにもよって、どうして、僕なんかを。



 なぜ僕が好きなのか、と、問いかけてみれば彼女は押し黙った。あの時、快い返事をしなかったことで僕との間には埋まりそうもない溝が出来上がっていた。それもそうだ。あれから僕は彼女に対して冷酷極まりない態度を取っていたし、今だってそうだ。彼女の思いを受け入れてあげられないのならいっそのこと嫌われてしまえばいいのだ。

「言葉にするのはとても難しいんだけど…、そう、あなたはとても…」
 彼女は人差し指を口唇に当てて、目を伏せた。2、3秒ほど黙り、呼吸を整えている。「今にも消えてしまいそう、だから」

 儚い存在だとでも言いたいのだろうか。ぎくり、と背筋が凍った。なぜ彼女にばれている?自分はこの時代の人間ではないことを。動揺を悟られないために自虐気味に笑うと、彼女はとても悲しそうな顔をした。

「そんなに僕が好き?」

 彼女は黙って頷く。

「変かな」

「変わっているとは思うよ。どうして、僕なんかを」

「どうしてだろね。でも、好きなの。自分じゃ抑えきれないくらい」

 と恋人同士になれたらどんなに幸せかと考えると、自分の運命を呪わずにはいられない。触れ合って、キスをして、この世のものとは思えないほどの幸福を噛み締めてみたかった。叶わない願いを押し殺して、手のひらをぐっと握る。爪が食い込む。痛みはない。心が痛すぎて、痛覚が麻痺しているのだ。

「僕は君を泣かせることしかできないよ」

「いいの。分かってるもの。初恋は実らないって言うじゃない」

 辛そうに声を出すを見ていると血液が逆流してしまうような感覚を覚えた。何を言ったところで逆効果なのだ。彼女を愛すことも、突き放すのも、全てがマイナスに働くだけで、解決にはならない。

「ごめんね」

 この言葉に孕む意は、贖罪であり、懺悔でもある。どうか許してほしい。どうあがいても、僕が君を悲しませることしかできないことを。

 稲妻が落ちる。嵐が吹き荒れる。大地が揺らぐ。どんなに強く願おうと、僕が彼女を強く抱き締めてあげることなどできないのだ。この先も、ずっと。