FLOWER





「寿命の短い花の美しさを保つためにはドライフラワーが一番です。作り方はとっても簡単で、なんと、”吊るす”だけなんですよ」


 付けっ放しのテレビから漏れる声に興味を抱き、ブルーノはふとテレビの画面に視線を移した。カラフルな昼間のバラエティ番組の中で、女性がドライフラワーの作り方を紹介しているようだった。


「吊るすだけの他、シリカゲルやグリセリンで色鮮やかなドライフラワーにする方法や、電子レンジを使用したお手軽な方法もあります。それではこれから、お洒落な吊るし方の実例を含めて、ご紹介いたしましょう」


 そして紹介される様々な方法を見て、彼はなるほどな、と思った。今の僕も同じだ。物や方法は違えど、ドライフラワーを作ろうとしていたのだ。



***




 彼女は花のように美しく、可憐な人だった。側を通り掛かれば、甘ったるいシャンプーの香りが鼻腔を漂い、風に靡く髪はふわふわと自由を追い求めいるようだった。服の上からでもわかるしなやかなボディライン。履かれることを望んでいたかのような赤いピンヒール。彼女が纏う何もかもは美しく、優雅だった。一目見た瞬間からブルーノは、何者も勝ることはないであろうあの美しさを、色あせることなく、永遠に自分の物にしたいと思い至った。

 だから彼女を攫って、監禁した。

 新しく借りた部屋には楽器の演奏や練習をする人向けの防音室がある。家賃は少々張るが、必要経費だ。彼女を閉じ込めておけるのなら、むしろ安いくらいだ。

 部屋の片隅の物々しい扉に目を遣る。ブルーノが作り上げている途中のドライフラワーは、今、どうしているだろう?立ち上がり、重く、分厚い彼女を閉じ込める扉を開けば、明かりも窓もない真っ暗な部屋の中で、一輪の花が鎮座していた。





 鎖に繋がれた女性の名を呼ぶと、彼女の肩はびくりと揺れた。不安、戸惑い、焦燥、様々な感情がない交ぜになった表情が、リビングから漏れる明かりに照らされて露わになる。元々から細かった彼女の体躯は、より一層儚さを増していた。


「そんなに怯えないで」


「…っ、……!!」


 ブルーノは動物と触れ合う時のように、ひたひたと足音を抑えながら忍び寄った。精一杯の抵抗のつもりなのだろう、手錠や足枷に繋がれた不自由な四肢を懸命に動かし、はブルーノから遠ざかろうと後ずさるが、壁に打ち付け固定した首輪がそれを許さない。首輪から繋がる太い鎖が擦れあい、じゃらじゃらと虚しく防音室に響いた。


「君はどんな姿になっても、本当に美しいね」


「やっ、やだ、来ないで、」


 の悲痛な叫びは、ブルーノの耳には届かない。彼は手をそっと差し出し、乱れた髪を整えるように頭を撫でてやると、彼女は肩を震わせ、もう何度見たかも分からない大粒の涙を流し始めた。堪えきれない嗚咽を漏らしながら、懇願するように彼女は言う。


「お願い、もう、ここから出して、ブルーノ…お願い…」


「ごめんね。それはできないよ」


 幾度となく、聞き飽きるほど聞いた彼女の嘆願に、ブルーノはいつもこう答えた。仕打ちはあまりにも残酷極まりないというのに、彼から発せられる声色は穏やかそのもので、この状況がまるで当然であるかのように取り繕うものだから、彼のこの言葉を聞くたび、はいつも絶望のどん底に陥れられるのだった。

 ブルーノは傍に転がるティッシュペーパーを数枚抜き取って、ぐしゃぐしゃに濡れたの顔を拭ってやるが、彼女は身体を未だ震わせたままだ。そんな彼女の身体を壊れ物を扱うかのように、ブルーノはそっと抱きしめてやる。


「震えているね。もしかして、寒いかい?」


「ち、ちが、」


「違った?ああ…、もしかして」


 身体を引き離し、彼女の顔を見据える。は下唇を噛んで、顔を青ざめさせている。何かを堪えてるようだった。脚をもじもじと動かしては我慢が利かないといった様子で、苦しそうに吐息を漏らしている。間違いない、とブルーノは確信した。彼女は尿意を堪えているのだ。

 一輪の花も、立派な人間なのだ。今、彼女は生きている。一定の鼓動を体内で打ち鳴らし、今を懸命に生きようとしている。そこから派生する生命の生理的現象が確かに彼女には存在している。たったそれだけの、当たり前のことなのに、ブルーノにとってはそれはこの世のものとは思えないほど幸福なことだった。


「大丈夫。ちゃんと僕がお掃除してあげるから、ここで出していいよ」


「それだけは、ねえ、嫌よ…。大人しくするから、トイレに、」


「だめだよ。君は此処から出ちゃいけないんだ」


 絶望に打ちひしがれるかんばせをもう何度見たことだろう。彼女はどんな表情を浮かべても、美しい以上に勝る言葉が脳裏を過ぎらないほど美しかった。わなわなと震えるの唇に、ブルーノは優しく唇を重ね合わせる。触れた口唇は微かに暖かく、芯に眠る生命力を感じさせた。愛おしかった。愛おしくてたまらない。顔を逸らそうとする彼女の頬を逃さんと言わんばかりに両手で包み込むと、唇を割って、渇いた口腔を潤すように隅々を舌先で堪能する。


「君のことはずっと、僕が守るから、ね?」


 ドライフラワーは、吊るして干すだけ。僕の大切な一輪の花も、ここに置いておくだけでいいのだ。やがて、彼女の生理現象が崩壊する様を、ブルーノはただただ嬉しそうに、恍惚とした眼差しで見つめていた。