前髪を掻き上げ、露わになったおでこに唇を落とす。ゆるやかに行われた一連の動作には情愛が色濃く感じられる。広大で底のない沼のような、深みのある愛を、は身体全体で玩味する。愛されるというのは気分が良い。愛情の現れとして行われる行為も、嫌いじゃない。ブルーノの全てが自分のものであると、実感できる。
 おでこに続いて、瞼に唇を押しつけられる。間髪を容れずに今度は唇へ直に、ちゅと音を立てて吸い付くような口づけをされる。柔らかな感触が余韻として残り、熱を帯びた感覚は虚ろに漂う。は閉じていた瞼をそっとあげる。吐息が混ざり合う至近距離で、灰色の瞳はを真っ直ぐ捉えていた。

「なあに」
「僕以外の男とこういうことしたことある?」
「……さあ、どうでしょう」
 わざと濁すような口ぶりだ。顔つきも平然としていて、挑戦的で見下しているような。はブルーノの口唇を親指でなぞり、頬に手を沿わせる。口を薄く開きブルーノへ口づけ、下唇を甘噛みする。
「遊星とは?」
「ないよ」
「じゃあクロウ」
「ないよ」
「ジャックは」
「ないない」
 は苦笑を零す。「どうしたの? 私のファーストキスの相手、そんなに気になる?」
 ブルーノは力強く小首を縦に振った。そしてまたの唇に自身のそれを寄せて、舌を滑り込ませる。はすんなりとブルーノの舌を受け入れ、拙いながらも絡め合わせた。背筋がぞくりと果てしない甘美な雰囲気に酔いしれる。触れあう肌から電流が流れてくるような感覚を覚えた。
「いやなんだ」
「何が」
「僕じゃなきゃ」
 の頬に滑らかなブルーノの髪が触れる。首筋に唇を落とされた後、強く吸い付かれて微かに身体が跳ねた。吸い付かれた箇所にじんわりと赤い鬱血を残される。子供のように身体を擦り寄せられてはバランスを崩したが、ブルーノに抱き留められ、そのままソファへ誘導されるがまま二人は身を沈めた。
「君の初めてはぜんぶ、僕じゃなきゃいやだ」
 恥じらいもなくブルーノはそんな事を口にする。独占欲と言うよりもただの子供の駄々に聞こえるそれは、199cmの長身の男にはあまり似つかわしくない。普段の物腰の柔らかいブルーノはどこへ行ってしまったのだろうか。
「わがままだね」
 覆い被さるブルーノの頭を優しく撫でる。「セックスはまだ未経験」
「……キスは」
「ディープキスなら、初めてかな」
「…………」
 ブルーノは途端に眉間に皺を寄せ唇を突き出し、むすっとした表情を浮かべた。自身よりも先にの唇を掠め取った人物が居るなど、不愉快極まりないと言ったところか。嫉妬と憎悪の折り重なった念が胸の中で渦巻いている。唯一、男性経験が無いという主張が救いでもあったが、だからといってこの複雑な感情が失せるわけでもない。何もかもが初めてであって欲しい、それに加え自身がにとっての初めてでありたいという願いは儚い望みでしかなかったのだ。
「ブルーノ、変な顔」
 ふて腐れたままのブルーノを見てはくすくすと笑った。ブルーノの抱く剣呑な感情など知る由もない。
「……
「なあに」
「僕のこと好き?」
「うん? 好きだよ」
「もう一回言って」
「好き」
「もう一回」
「大好き」
 慈しみの言葉が零れるだけで安心しきってしまうのは自身が単純だからなのだろうか。不安になるたび、こうやってに好きかどうかを問い質し、答えを要求してきた。返ってくる言葉はいつも同じでも、ブルーノはそれで満足することができた。要は己の不安をかき消したいだけなのだ。の愛情の再確認によって。
 身体をに跨るように起こして、の着ているブラウスのボタンに手を掛けた。一つ一つ丁寧に外していくと、白く肉感的な肌が鎖骨から臍へ、露わになっていく。レースの下着と僅かな胸の谷間が目の前に映り、視線が吸い寄せられる。
「ブルーノ、私のことは?」
 されるがままのが問いかけた。ブルーノは動作を止めて、視線をに移し、答える。「愛しているよ」と。
「そっかあ……」
 は屈託のない笑みを浮かべた。喜色満面というより、当然だろうと言わんばかりのかんばせだ。堂々としていて、自信がある。
 ブルーノは器用にのブラウスを脱がすと、自身もジャケットとTシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。互いの熱を共用しようと肌と肌を擦り寄せ密着し、の唇を貪るように啄む。先刻よりも激しく、それでいて丁寧さに欠けていない。爬虫類を思わせる舌先を巧みに使い、顎へ、首筋へ、鎖骨へ這わせていく。。愛おしそうに名を連呼するブルーノのこうべを、は赤子をあやすように撫でていた。